監修者:伏江 亜矢(株式会社コーポレート・アドバイザーズM&A 企業提携第三部 部長) |
事業譲渡と会社分割は、M&Aの手法の中でも混同されやすい手法です。本記事では、目的に適した手法を選べるように、それぞれの手法のメリット、手続き、留意点、税金などの基礎知識と具体事例をもとに解説します。
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事業譲渡とは?
事業譲渡は、会社の事業の全部もしくは一部を譲渡するもので、M&Aの手法の1つです。事業譲渡は、買い手と売り手との間での取引行為であり、資産や人材など個別の移転手続きが必要となります。
ここでは、事業譲渡の方法や注意点、具体的な手続きの流れなどを解説します。
事業譲渡とは何か
事業譲渡は、会社の事業を丸ごと、もしくは切り分けて第三者に譲渡するものです。売り手側としては、譲渡する事業を選択することができ、譲渡による対価を得ることもできます。買い手側としても、事業の拡大や新規事業の展開に利用することが可能です。
事業譲渡の方法
事業譲渡は、売り手が事業のうち一部もしくは全部を買い手に譲渡し、それに対する対価を受け取るものです。売り手は、株式譲渡などと異なり、会社自体を買い手に渡すわけではないため、引き続き会社を運営することもできます。
事業譲渡で譲渡される「事業」とは、当該事業にかかわる資産の全てのことで、不動産や取引先との債権債務関係、従業員などが含まれます。
事業譲渡の注意点
手続きが煩雑である
事業譲渡を実行するには、買い手側、売り手側でともに株主総会の特別決議が必要となる可能性があります。また、個別の債権債務関係や従業員との雇用契約について、移転の同意や契約の巻きなおしが必要です。
競業避止義務が課される
事業譲渡では、売り手側の会社は存続することになりますが、原則として20年間の競業避止義務を負うことになるため、譲渡した事業を同種の事業を営むことはできません。
これは強行法規ではないため、事業譲渡契約で売り手と買い手が合意すれば適用を排除したり短縮することもできます。
課税される
事業譲渡は、契約行為であるため、売り手に利益がある場合には法人税が、買い手には、消費税や不動産取得税などの税金が課されます。
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事業譲渡の手続きの流れ
売り手側における事業譲渡の手続きの流れは、概ね次のようになります。
1.譲渡先の決定 2.譲渡の範囲、金額など諸条件の調整 3.基本合意書の締結(取締役会の承認) 4.事業譲渡契約の締結 5.株主総会の特別決議 6.事業の移転、引き継ぎ |
買い手側は、売り手側との交渉の過程において、デューデリジェンスを行い、交渉がまとまると、買い手側でも株主総会の特別決議が必要となることがほとんどです。
さらに、事業の移転、引き継ぎには、取引先や従業員との間で個別のやり取りが必要となります。
▼以下の記事では、事業譲渡(株式譲渡との違い)について解説しています。
会社分割とは?
会社分割とは、企業組織再編の手法の1つで、既存の会社の全部又は一部を分割し、新たに設立する会社もしくは別の既存会社に引き継がせることをいいます。
ここでは、会社分割の種類や、会社分割を行う場合の注意点、手続きの流れなどを解説します。
会社分割とは何か
会社分割とは、既存の会社を事業ごとに分割するなどして、既存会社や新設会社に引き継がせる方法です。
例えば、2つの事業を展開する会社が、1つの事業のみを会社に残して、もう1つの事業については、新たに設立した会社に引き継がせて行わせるというのが会社分割の手法です。採算部門と不採算部門を分けたり、2人の後継者に会社を分けて承継させたりと様々な活用方法があります。
会社分割は、同じく企業組織再編の手法の1つである合併とは異なり、分割された会社も存続し続けるという特徴があります。
また、事業譲渡は、会社の全部又は一部の事業を別の会社に移転させる方法という点では会社分割と共通しますが、事業譲渡は、事業についての売買であり、組織再編行為である会社分割とは法的性質が異なります。
会社分割の種類
会社分割は、引き継ぎ先が既存の会社であるのか、新設会社であるのか、分割の利益を誰が受け取るのかによって、4種類に分けられます。
まず、分割によって既存の会社に事業を引き継がせる方法が吸収分割と言われる方法です。そして、新設の会社に事業を引き継がせる方法を新設分割といいます。
分割の対価を分割会社の株主が受け取る | 分割の対価を分割会社が受け取る |
分割型新設分割 | 分社型新設分割 |
分割型吸収分割 | 分社型吸収分割 |
会社分割の方法
ここでは、4つの会社分割の方法の具体的な内容を解説します。
分割型新設分割
分割型新設分割とは、新設会社からの分割の対価を分割した会社が受け取る形式の新設分割のことをいいます。
分割した会社が新設会社の株式を所有し、株主は分割した会社の株式のみを所有することになるので、新設会社は分割した会社の子会社という関係になります。
分社型新設分割
分社型新設分割とは、新設会社からの分割の対価を株主が受け取る形式の新設分割のことをいいます。
株主は、分割した会社と新設会社それぞれの株式を所有することになるので、分割した会社と新設会社とは横並びの関係になります。
例えば、2人の対等な立場の後継者に事業承継する場合などに利用することが考えられます。
分割型吸収分割
分割型吸収分割とは、引き継ぎ先の会社からの分割の対価を分割した会社が受け取る形式の吸収分割のことをいいます。
分割した会社が引き継ぎ先の会社の株式を所有し、株主は分割した会社の株式のみを所有することになるので、株主との関係では、分割した会社と引き継ぎ先の会社とは縦並びの関係になります。
分社型吸収分割
分社型吸収分割とは、引き継ぎ先の会社からの分割の対価を株主が受け取る形式の吸収分割のことをいいます。
株主は、分割した会社と引き継ぎ先の会社それぞれの株式を所有することになるので、分割した会社と引き継ぎ先の会社とは横並びの関係になります。
会社分割の注意点
株主総会の特別決議が必要で手続きに時間がかかる
会社分割を行うためには株主総会の特別決議が必要です。株主が多い会社などでは、株主総会の特別決議を通過するのはハードルが高く、調整や手続きに時間がかかる可能性があります。
簿外債務を引き継ぐ可能性がある
会社分割は、事業譲渡のように権利関係を個別に引き継ぐものではなく、包括的に承継させるものです。そのため、個別の手続きが不要で楽な反面、引き継ぎたくない債務も引き継がなくてはなりませんし、簿外債務がある場合には、それも引き継がなくてはなりません。
税務手続きが煩雑
会社分割では、譲渡益について法人税が発生します。一定の要件を満たすことで、経済的に実質的な変動がないものとして譲渡益が計算されなくなりますが、適用のための要件は複雑です。
また、もとは1つのものを分割するために、財務処理自体も複雑なものとなります。
引継ぎができない許認可もある
会社分割を行った場合、分割を受けた会社は、事業を運営していくことになりますが、許認可の種類によっては、引き継ぎができず、新たに取得する必要があります。
許認可が必要な事業については、それを引き継げるか否かも事前に確認するようにしましょう。
会社分割の手続きの流れ
会社分割の手続きの流れは概ね次のようになります。
1.分割計画の作成 2.取締役会の承認 3.事前開示書類の備え置き 4.従業員への事前通知 5.株主総会の特別決議 6.反対株主の株式買取請求手続 7.債権者保護手続 8.登記申請 |
▼以下の記事では、会社分割を通して行われる資産管理会社を活用したM&Aスキームについて解説しています。
事業譲渡と会社分割の共通点・混同される理由
事業譲渡と会社分割は、どちらもM&Aの手法の1つとして利用される点で共通しています。それぞれ、事業の全部または一部を他の会社に承継・移転させるという主要な効果にも共通点が見られます。
事業譲渡と会社分割の違い
事業譲渡と会社分割は、主要な効果が共通しているため、混同されることもありますが、事業譲渡は、取引行為であり、会社分割は、組織再編行為であるという根本的な違いあります。
ここでは、事業譲渡と会社分割の違いを具体的に解説します。
会社法上の違い
事業譲渡は、譲渡会社と譲受会社との間の取引行為です。一方で、会社分割は、株式の移転、変動を伴う組織再編行為となります。
このように、両者は、法的性質に根本的な違いがあるため、種々の違いが生じます。
譲渡対価の内容
事業譲渡は、取引行為のため、譲渡の対価は金銭です。一方、会社分割は、組織再編行為であるため、譲渡の対価は基本的に株式になります。
資産・負債の引き継ぎ
事業譲渡は、個別的な取引行為のため、資産や負債の引き継ぎも個別に行うことになります。つまり、買い手としては、必要なもののみ引き継ぐことが可能です。
一方、会社分割は、組織再編による包括承継となるため、分割を受ける会社は、不要な資産や負債、目に見えない簿外債務などもまとめて引き継がなくてはなりません。
契約や許認可の引き継ぎ
事業譲渡では、契約や許認可についても、個別の引き継ぎ手続きが必要です。取引先の債権債務関係を引き継ぐには個別に同意を得る必要がありますし、許認可は新たに取得する必要があります。
一方、事業譲渡は、契約や許認可についても、包括的に引き継ぐことになります。債権者としては、同意なく引き継ぎがされてしまうため、会社分割では、債権者保護手続が必要です。
なお、許認可の種類によっては、引き継ぎできず、新たに取得する必要があります。
消費税などの税金の違い
事業譲渡は、売買契約であるため、譲受会社には消費税が課されます。不動産などの譲渡が伴う場合には、不動産取得税や登録免許税も必要です。また、譲渡会社も、売却益がある場合には法人税が課されることになります。
一方、会社分割は、取引行為ではないため、消費税は課されません。また、適用要件は複雑なものとなりますが、要件を満たせば不動産取得税などについても軽減措置を受けることができます。
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事業譲渡と会社分割のメリット・デメリット比較
これまでの内容でも触れてきましたが、ここでは、事業譲渡と会社分割のメリット・デメリットをまとめてみました。
どちらの方法を選択するにしても、メリットだけでなくデメリットがあるため、慎重な判断が必要です。
事業譲渡 | 会社分割 |
【メリット】 ○譲渡対価を得られる ○引き継ぐものを選択できる ○簿外債務の引き継ぎリスクがない ○法人格をそのまま残せる | 【メリット】 ○資金がなくても実行できる ○個別の同意手続きが不要 ○財産の移転手続が簡単 ○消費税などが課税されない |
【デメリット】 ○買い手はキャッシュが必要 ○契約、従業員を引き継げない可能性 ○消費税などが課税される ○競業避止義務が課される | 【デメリット】 ○簿外債務を引き継ぐリスク ○税務処理が複雑 ○株式の現金化が難しい ○自社に残す資産を選別できない ○株主総会の特別決議が必須 |
ケース別:事業譲渡と会社分割のどちらを選ぶべき?
事業譲渡と会社分割には、それぞれメリット・デメリットがあるため、どちらを選択するのかは、個別具体的なケースで慎重な判断が必要です。
ここでは、一般的なケースとして、事業譲渡を選ぶケース、会社分割を選ぶケースを紹介しますが、最終的な判断はあくまで具体的ケースに即して検討しなくてはなりません。
事業譲渡を選ぶケース
一般的に、事業譲渡を選択すべきケースは、次のものになります。
・譲渡会社が資金調達を求めている ・譲渡会社、譲受会社が引き継ぐもの、引き継がないものを選択したい ・譲受会社において簿外債務の引き継ぎなどのリスクを抑えたい ・譲受会社において後継者不在の問題を解消したい |
会社分割を選ぶケース
会社分割を選択すべきケースは、次のものになります。
・資金や、税金などのコストを抑えたい ・取引関係や従業員などの引き継ぎをまとめて行いたい |
まとめ
ここまで、事業譲渡と会社分割について、両者の比較、注意点、具体的な手続きの流れなどを解説してきました。事業譲渡の実行までの手続きには、会計、税務、法務、労務など、多岐にわたる知識や経験が必要になります。
事業譲渡で思わぬトラブルが生じないように、早い段階から事業譲渡の支援経験が豊富なM&Aアドバイザー(仲介会社、FA会社)などに相談をしながら進めることをおすすめします。
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▼以下の記事では、株式譲渡・事業譲渡・会社分割別に、売り手買い手がそれぞれ検討すべきポイントの解説をしています。
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社会保険労務士(試験合格者含む)12名
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中小企業診断士1名
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