監修者:伏江 亜矢(株式会社コーポレート・アドバイザーズM&A 企業提携第三部 部長) |
カーブアウトとは、企業が事業部門や子会社を切り出し、分離独立させる経営手法です。本記事では、企業が活用する際に知っておきたいメリット・デメリットや、スピンオフ・スピンアウトとの違い、主な手続きの流れ、カーブアウトのM&A・売却事例等を解説します。
M&Aにおけるカーブアウトとは?
M&Aにおいて、カーブアウトという用語は、次の2つの意味でつかわれます。
■事業部門や子会社を切り出し、分離独立させること
■M&A契約交渉においてある事項を除外すること
本記事では、1つ目の意味でのカーブアウトについて詳しく解説していきますが、前提として、それぞれの意味内容に触れておきます。
事業部門や子会社を切り出し、分離独立させること
カーブアウトとは、企業の一部の事業部門や子会社を親会社から切り離し、別の主体として分離独立させることを言います。
M&Aでカーブアウトの用語を使う場合には、こちらの意味で使われる場合が多いです。
M&A契約交渉においてある事項を除外すること
カーブアウトは、M&Aの契約交渉全般において、特定の事項を除外するとの意味で使われることもあります。
契約におけるカーブアウトは、M&Aに特有のものではありません。各種契約条項で「~の場合を除いて」との形で特定の事項を除外する契約条項をカーブアウトと言います。
M&Aの契約では、表明保証の対象を限定する場合などに利用されるケースが多いです。
カーブアウトを実施する目的
カーブアウトを実施する目的としては、主に次の2つが挙げられます。
■分離独立させた事業・子会社の成長を促すこと
■メイン事業に注力するため、不採算部門を切り離すこと
1つ目の目的は、分離する事業にとっても前向きなものです。カーブアウトされた事業は、独立の法人となることで、資金調達がしやすくなります。また、親会社との関係が無くなるわけではないため、親会社の支援を受けながらの継続的な成長が期待できます。
2つ目は、収益を産まない不採算部門を切り離すこと自体が目的です。不採算部門を切り離すことで、メイン事業に注力でき、メイン事業の収益が不採算部門の補填に充てられることもなくなります。
「カーブアウト」と 「スピンオフ」「スピンアウト」との違い
企業が事業の一部を分離する手法としては、「カーブアウト」以外にも「スピンオフ」や「スピンアウト」があります。それぞれの違いは次のとおりです。
「カーブアウト」では、分離した事業も親会社の支援を受けつつ、独立の法人として外部からの資金調達も行います。
「スピンオフ」は、事業を分離する際に、親会社が出資を行い、新会社との資本関係を継続させる手法です。新会社は独立の形態を取りつつも、親会社とグループ会社の関係を持つことになります。社内ベンチャー制度やカンパニー制で活用される例が多いです。
「スピンアウト」は、切り離される新会社が、資本関係も解消し完全に独立する手法です。スピンアウトされた会社は、元の会社からの支援を受けることなく、事業を継続しなくてはなりません。不採算部門の切り離しや、専門職の社員が独立する際に活用される例が多いです。
カーブアウトの主な手法
カーブアウトの実行には、会社分割や事業譲渡の手法が用いられます。どちらの手法を選択するかによって、元の会社や取引先、従業員などとの関係が変わるため、それぞれの内容を理解し適切な方法を選択するのが重要です。
会社分割
会社分割とは、会社の事業の全部または一部を他の会社に継承することで、吸収分割と新設分割の2つの方法があります。このうち、M&Aのカーブアウトでは、吸収分割の手法が用いられることが多いです。この方法では、子会社を設立し、子会社に対して分割する事業の株式を譲渡します。
会社分割では、元の会社の権利関係が分割会社に包括的に移転されます。そのため、従来の取引先や従業員と新たに契約を取り交わす必要もなく、カーブアウトをスムーズに実行可能です。
規模の大きなカーブアウトでは、個別に契約関係を引き継ぐのが難しくなるため、主に会社分割の手法が採用されます。
事業譲渡
事業譲渡とは、事業の全部又は一部を譲渡することです。M&Aのカーブアウトでは、新会社を設立し、その会社に対して特定の事業を譲渡します。
事業譲渡では、会社分割とは異なり、契約関係の個別引継ぎが必要です。個別引継ぎには、手間がかかるデメリットもありますが、引き継ぐべき契約を選定するために簿外債務のリスクを避けられるというメリットもあります。
カーブアウトの規模が小さい場合には、事業譲渡の手法を採用し、契約関係の個別引継ぎが行われることが多いです。
カーブアウトのメリット
カーブアウトの主なメリットは、次の3つです。
■切り離すことで大きな成長・価値向上を見込める
■不採算事業を切り離し、コア事業に資源を集中できる
■スピード感のある意思決定ができるようになる
カーブアウトの目的とも重なる部分もありますが、以下ではそれぞれのメリットを具体的に解説します。
切り離すことで大きな成長・価値向上を見込める
カーブアウトによって切り離された事業は、独立の主体として事業を行えるようになります。そのため、親会社に限らず外部の出資者や金融機関の協力によって、事業をより成長させられる可能性も高いです。
さらに、新会社の成長によるシナジー効果により、親会社もグループ企業としての価値やブランド力を向上させることも見込めます。
不採算事業を切り離し、コア事業に資源を集中できる
不採算事業を切り離すカーブアウトの場合には、不採算部門に割いていたリソースをコア事業に集中させることで、コア事業の成長・拡大を期待できます。
スピード感のある意思決定ができるようになる
カーブアウトで切り離された事業は、新会社として独自に意思決定を行えるようになります。そのため、スピード感・柔軟性のある意思決定が可能です。スピード感や柔軟性は、事業を拡大する段階においては大切な要素と言えるでしょう。
カーブアウトのデメリット
一方で、カーブアウトのデメリットには次の2つが挙げられます。
■意思決定プロセスの複雑化を起こす場合がある
■管理部門が不在になる可能性がある
それぞれ、詳しく見てきましょう。
意思決定プロセスの複雑化を起こす場合がある
新会社では、カーブアウトによって基本的にはスピード感のある意思決定が可能となります。しかし、親会社の意向を無視できない部分もあり、親会社の介入によって意思決定プロセスの複雑化を起こしてしまう可能性もあります。
管理部門が不在になる可能性がある
基本的にカーブアウトの対象となるのは、事業部門です。そのため、総務、人事、経理など複数事業全般を統括する管理部門は、カーブアウトの対象となりません。
カーブアウトによって設立された新会社は、管理部門が不在になり、事業運営に支障をきたす可能性もあるでしょう。
カーブアウトの際には、新会社が管理部門に人員を割くリソースも計算しておくことが重要です。
カーブアウトの手続き
ここでは、カーブアウトの手続きについて、手続きの流れと、手続きを進める際の留意点を解説します。
手続きの流れ
手続きの大まかな流れは、次のようになります。
カーブアウトの手法を選択する
会社分割と事業譲渡のどちらの手法によるのかを選択します。基本的には、カーブアウトの規模が大きな場合には会社分割を、小さな場合には事業譲渡を選択するケースが多いです。
ただし、カーブアウトの手法は、規模の大きさだけでなく、それぞれのメリット・デメリットを比較検討したうえで決定するべきです。
手法に応じて必要な手続きを検討する
契約関係、雇用関係、知的財産権、資産など、権利関係の承継について必要な手続きを検討します。
会社分割による場合でも、当然に引き継がれることとはならない権利関係がある点には注意が必要です。基本的に、許認可関係は会社分割の場合でも再取得が必要となる可能性が高いです。
また、会社分割と事業譲渡のいずれの手法による場合でも、基本的に株主総会の開催が必要となります。
適時開示を実施する
上場企業では、カーブアウトの情報について、適時開示が必要です。適時開示のタイミングを検討し、適切なタイミングで情報を公開しなくてはなりません。
カーブアウト財務諸表を作成する
カーブアウトを実行するには、会計データの切り離しも必要です。親会社と新会社との間で会計データを調整し、カーブアウト財務諸表を作成する必要があります。
カーブアウト財務諸表を作成するための調整としては、固定資産の減損処理や実体と諸表との乖離、決算処理など多数の項目での調整が必要となるでしょう。
手続きにおける留意点
カーブアウトを進める際には、従業員の取り扱いには特に注意が必要です。カーブアウトを実行すると、人材が親会社と新会社に分散されます。
親会社の貴重な人材を流出させてしまったり、子会社に移籍する従業員がモチベーションを失ったりしてしまっては、カーブアウトの目的は達成できなくなるでしょう。
カーブアウトの対象となる事業部門にかかわる従業員のみならず、会社全体の問題として適切な人員配置ができるよう配慮が必要です。
カーブアウトのM&A・売却の成功事例
ソニー、VAIOブランドを付して運営するPC事業をJIPに譲渡【投資会社×PC】
譲渡企業の概要
ソニー:事業内容は、モバイル・コミュニケーション、ゲーム&ネットワークサービス、イメージング・プロダクツ&ソリューション、ホームエンタテインメント&サウンド、半導体、コンポーネント、映画、音楽、金融など、多岐にわたる事業展開をしています。
本件事業対象は、VAIOブランドを付するPC事業の企画、設計、開発から製造、販売などに至る事業全体をさす。事業譲渡時点、日本国内のパソコン市場において、VAIOブランドのパソコンの個人向けと法人向けの売り上げ比率が半々となっていました。
譲受企業の概要
JIP(日本産業パートナーズ株式会社):事業の選択と集中に取り組む企業が事業部門や子会社の外部への切り出し(カーブアウト)を行う際に投資を行い、その事業が持つ潜在成長力を独立事業体として発揮できるよう支援する『戦略的カーブアウト』の豊富な実績を有しています。
M&Aの実施目的
ソニー:モバイル領域ではスマートフォン及びタブレットに集中し、PC事業をJIPが設立する新会社へ事業譲渡することにより、新会社のもとでVAIOブランドPC事業を存続させることが最適であるとの判断。
JIP:ソニーのPC事業がこれまで培ってきた特徴ある商品創りとオペレーションのノウハウを活用し、VAIOブランドPC事業を継承する独立事業体として、将来的な成長と収益力強化を目指しています。
成約に関する詳細
詳細[1] | |
スキーム | 事業譲渡 |
契約時期 | 2014年3月 |
結果 | ソニーがJIPにPC事業を譲渡 |
カーブアウトを実施した当時、VAIOはソニーにおける不採算事業。しかし、独立後に人員やリソースの整理を行ったところ、2年後には黒字化に成功しています。
KKRによる日立物流へのTOB【投資会社×物流】
譲渡企業の概要
日立:モビリティ、ライフ、インダストリー、エネルギー、ITの5分野でLumadaを活用したデジタルソリューションを提供。
日立物流:日本における 3PL(Third Party Logistics)のリーディングカンパニー。顧客企業に対して、物流システムの構築から、情報管理、在庫・受発注管理、物流センター運営、工場構内物流作業、輸配送に至るまで、包括的なサプライチェーン・ソリューションを提供。また、フォワーディング及び発着地での 3PL を統合し、ワンストップの国際輸送を手掛ける国際物流事業においても強固な事業基盤を有しています。[2]
譲受企業の概要
KKR:グローバル投資運用会社。オルタナティブ・アセット、キャピタル・マーケッツ、保険ソリューションを提供。長期的かつ規律ある投資アプローチを採用し、世界トップクラスの人材を投じてポートフォリオ企業やコミュニティの成長を支援し魅力的な投資リターンを創出することを目指しています。[2]
M&Aの実施目的
日立:2009年3月期における過去最大の赤字を契機とした、デジタル分野を軸にしたグループ内再編
KKR:グローバルの人的・資本的リソース、ノウハウ、ネットワークを活用し、オーガニック(既存の経営資源を活用した手法)・インオーガニック(他社との提携・他社の買収等による手法)双方での成長戦略の推進を通じて、日立物流のさらなる事業成長と企業価値の向上を目指す。
成約に関する詳細
詳細[3] | |
スキーム | TOB(KKR が運営する特別目的会社である HTSK 株式会社(以下、公開買付者)を通じて実施) |
公開買付け成立日 | 2022年11月29日 |
結果 | 日立物流の普通株式の約51.11%をHTSKが取得 |
認可保育園運営事業の事業譲渡【医療関連×保育園】
譲渡企業の概要
所在地 | 東北 |
---|---|
事業内容 | 保育園の運営 |
譲渡理由 | エリア戦略の見直し |
譲渡企業は、東北エリアにて複数の保育園を運営する上場企業グループ。
東北にて培ったノウハウを基に、マーケットの大きい関東エリアへの進出をおこなっていたものの、新規開園に適した物件の確保が難しく、関東エリアでのドミナントの形成が進まない状況であった。
譲受企業の概要
所在地 | 関東 |
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事業内容 | 医療関連、他 |
買収理由 | スケールメリットの拡大 |
買収企業は、医療関連の一定領域のパイオニアであり、それを基盤とした他分野への事業展開の1つの柱として、保育園の運営もおこなってる上場企業。
M&Aの実施目的と成約に関する詳細
譲渡企業は、エリア戦略の見直しと、経営資源の東北エリアへの再集中することによる同地域での更なる事業の拡充のため、M&Aを行いました。以下の本件事例紹介ページでは、譲渡企業と譲受企業の考えるM&Aのより詳しい理由や、譲渡後の状況、担当アドバイザーの考える成功した要因についても、解説しています。
マンション管理事業の事業譲渡【アパート・マンション賃貸管理×ビルメンテナンス・マンション管理】
譲渡企業の概要
所在地 | 関東 |
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事業内容 | ビルメンテナンス・マンション管理 |
譲渡理由 | ノンコア事業の切離し |
譲渡企業は、ビルメンテナンス事業を主としており、選択と集中のため、約500戸の総合管理業務を持つマンション管理事業部門の切離しを模索していました。
譲受企業の概要
所在地 | 関東 |
---|---|
事業内容 | アパート・マンションの賃貸管理 |
買収理由 | 事業拡大 |
譲受企業は、アパート・マンションの賃貸管理を主としており、マンションの管理業務の拡充を希望していました。
M&Aの実施目的と成約に関する詳細
譲受企業は、譲渡企業のマンション管理事業部門がもつマンション総合管理業務の立地や契約内容に魅力を感じ、譲受を決断した。以下の本件事例紹介ページでは、成約における経緯等について説明しています。
参考URL:
[1] ソニー:PC事業の譲渡に関する意向確認書の締結について
[2] KKR、日立物流に対する公開買付けを完了
まとめ
カーブアウトは、個別事業の成長やコア事業への注力を目的に実施されます。目的を達成するには、目的に応じた手法の選択、契約関係の調整が必要です。
カーブアウトによるM&Aを成功させると、親会社だけでなく子会社にも大きなメリットがあります。カーブアウトのメリット・デメリットを理解し、M&Aにおける選択肢の1つとしてお役立てください。
▼以下の記事では、M&Aスキームについて解説しています。
日本クレアス税理士法人|コーポレート・アドバイザーズ グループでは、20年間にわたり2000件以上の会社売却・M&A支援を行っています。
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内部統制(J-SOX)・内部監査
海外現地法人サポート
非上場株式売却コンサルティング(非上場株式サポートセンター)
■社員数
417名(グループ全体 / 2023年10月現在)
税理士(試験合格者含む)56名
公認会計士(試験合格者含む)15名
特定社会保険労務士2名
社会保険労務士(試験合格者含む)12名
弁護士 2名
相続診断士41名
中小企業診断士1名
行政書士4名
■関与先
法人 3,240社(うち上場企業85社)
社会福祉法人 133件
クリニック・医療法人・介護福祉等 593件
個人 4,015名
合計 7,981件
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